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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)5869号 判決

原告

坂田穂奈美

被告

石原政仁

ほか一名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し各自金七二二万六六〇〇円及びうち金六六二万六六〇〇円に対する昭和五九年七月三〇日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五九年七月三〇日午前九時二五分ころ

(二) 場所 東京都江戸川区興宮町四四二番地先道路

(三) 加害車 普通貨物自動車(習志野一一に五〇二四)(以下「被告車」という。)

右運転者 被告石原政仁(以下「被告石原」という。)

(四) 被害車 自転車(以下「原告自転車」という。)

右運転者 原告

(五) 態様 原告が右事故発生場所辰巳橋交差点手前左側を松本町方面から小岩方面へ向けて自転車で進行し、同交差点にさしかかつたので自転車を一時停止させていたところ、被告車が突然同交差点を左折し、原告自転車を被告車の左側に巻き込んだ(以下「本件事故」という。)。

2  責任原因

(一) 被告石原は、被告車を左折するに際し左方確認を怠つた過失により本件事故を起こしたものであり、民法七〇九条により損害賠償責任がある。

(二) 被告大崎運輸機工株式会社は、被告車の保有者であり、自賠法三条により損害賠償責任がある。

3  原告の受傷、治療経過

原告は本件事故により頭部外傷、外傷性神経症及び第一腰椎横突起骨折の傷害を負い、またしばしば突然の発作に襲われては意識不明の重体に陥り、左目がほとんど失明状態になり、左のとおり入院をした。

(一) 昭和五九年七月三〇日から同年一一月三〇日まで西村病院に入院

(二) 同年一二月四日から同六〇年二月二日まで同病院に通院(実通院日数二四日)

(三) 同月四日から同年三月一四日まで同病院に入院

(四) 同月一五日から同病院に通院中

4  損害

(一) 入院雑費 一四万〇〇〇〇円

一日一〇〇〇円の一四〇日分

(二) 通院交通費 二万四〇〇〇円

(三) 子どもの看護費 四五万〇〇〇〇円

原告は前記傷害のため家事育児ができず、二歳、五歳、六歳の子どもの看護を両親にしてもらい、そのお礼として毎月五万円を支払つた。本件事故以来九か月分が四五万円である。

(四) 休業損害 一〇一万二六〇〇円

家事従事者の一日休業損害額三七〇〇円の二九八日分(本件事故日から昭和六〇年五月二三日まで)

(五) 慰藉料(後遺障害に関するものを除く。) 五〇〇万〇〇〇〇円

(六) 弁護士費用 六〇万〇〇〇〇円

よつて、原告は被告らに対し、各自、本件事故による損害金(後遺症に関するものを除く。)合計金七二二万六六〇〇円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和五九年七月三〇日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち(一)ないし(四)は認める。(五)は否認する。

2  同2は認める。

3  同3は不知。仮に、同3の受傷、治療があつたとしても本件事故との間に相当因果関係がないものが含まれている。

4  同4は不知。

三  抗弁

1  過失相殺

本件事故は、左折しようとしていた被告車と直進の原告自転車との間に発生したものであるが、原告は自転車に子ども二人を乗せ、交差点において青信号にしたがい左折しようとしている被告車を前方三〇メートルの地点で認めたにもかかわらず、そのまま直進し、自車の長さゆえに左折に難渋して切りかえしている被告車に接近し通常なら交差点手前で停止するにもかかわらず前進を続けて被告車の防護棒付近に接触転倒したのである。一般に左折する大型車は左側が死角になること及び車両の右左折には内輪差が生じることはよく知られていることでありこれを無視して幼児二人を乗せた自転車で接近した原告の行為は無謀としか言いようがなく、少なくとも四〇パーセントの過失相殺を免れない。

2  損害の填補

被告ら及びその契約にかかるアイ・エヌ・エイ保険会社は、原告が西村病院に昭和五九年七月三〇日から同年一〇月五日まで入院治療したことによる費用二〇四万六一四九円のうち一二一万四四〇五円を、また原告が入院期間中家政婦を依頼して病院の付添にあてた費用一〇八万五一六二円全額を、いずれも支払つた。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1は争う。

2  抗弁2は不知

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)のうち(一)ないし(四)は当事者間に争いがない。

事故の態様(請求原因1(五))について検討する。

本件事故現場の写真であることが当事者間に争いがない甲第四号証の一ないし八、成立に争いのない甲第四号証の九、証人松本正孝の証言及び原告本人尋問の結果によれば、本件事故は前記事故発生場所にある交差点を左折しようとして曲がりきれなかつたため一旦後退した後ゆつくりと前進左折をしていた被告車に同車左側の原告自転車が衝突したものであること、被告車は切り返しの後左折するに際して原告自転車の存在に全く気づいていなかつたこと、原告は原告自転車に子ども二人を乗せて歩くような速度で交差点にさしかかり被告車が交差点をふさぐようになつていたので交差点の角直前で停止しようとしていたこと、ところが被告車が左折する際の内輪差により同車左側面が原告自転車に接近して衝突したこと、衝突時被告車はごく微速で原告自転車はほとんど停止していた程であり衝突による衝撃はそれほど大きくなく、原告及び子ども二名は自転車とともにゆつくり倒れたこと、以上の事実が認められ右認定を覆すに足りる証拠はない。

二  請求原因2(責任原因)は当事者間に争いがない。

三  原告の受傷、治療経過(請求原因3)

1  成立に争いのない甲第二号証及び乙第一〇号証の一によれば、原告は本件事故による傷害のため、西村病院に昭和五九年七月三〇日から同年一一月三〇日まで(一二四日間)入院し、その後同六〇年二月二日までの間同病院に通院し(実通院日数一三日)、同月四日から同年三月一四日まで三九日間)同病院に再入院し、以後も同病院に通院したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

そして、成立に争いのない乙第二号証及び乙第一一号証の七によれば、原告は同病院の西村紘輔医師(以下「西村医師」という。)から、昭和五九年八月一二日に「頭部外傷、頸椎捻挫、左肩甲骨周囲打撲、腰部外傷(左第一腰椎横突起骨折及び腰椎捻挫)、左股関節外傷」との診断を受け、また同年一〇月九日には「頭部外傷、第一腰椎横突起骨折、頸椎捻挫、外傷性神経症」との診断を受けたことが認められ右認定に反する証拠はない。

2  ところが、成立に争いのない乙第二号証、第四号証の二、第一〇号証の一ないし三、第一一号証の五、七及び八、証人丹羽信善(以下「丹羽医師」という。)の証言及びこれにより真正に成立したものと認められる乙第五号証並びに証人西村紘輔の証言によれば、

(一)  原告は、西村病院での初診時の主訴は頭痛、腰痛、頸痛であり、昭和五九年一一月三〇日までの入院中多様な愁訴があり、また同年八月一日ころからしばしばけいれん発作を起こし、視力低下、視野狭窄も訴えたこと

(二)  原告は、西村病院での初診時に意識障害はなく、レントゲン及びCTスキヤンの検査によれば、左第一腰椎横突起骨折がみられたものの、他に頭蓋内血腫、骨折はなく、脳波にも異常は見つけられず、原告の頭痛、頸痛等の症状はほとんど自覚症状のみであつたこと

(三)  原告の頸痛等については、入院当初、軽度であつて一〇日ないし二週間の安静治療で治ると診断されていたこと、左股関節外傷は骨折もなく安静湿布加療で治癒すると診断されていたこと、かえつて原告の様々な愁訴については入院当初から神経学的には問題はなくヒステリーがあるとの見解が西村病院の医師の中から述べられていたこと

(四)  左第一腰椎横突起骨折については、西村病院の医師の中には骨折ではなく奇型との見解もあつたこと、仮に同骨折があつても一般的には同骨折は一月入院し安静にしていれば治るものであること

(五)  原告の視力低下、視野狭窄については、西村病院での検査によれば視束管骨折は見られず、昭和五九年八月二九日、同年九月五日及び同年一〇月三一日に原告を診断した東大病院神経眼科では「視力は出ている。視野狭窄は自覚的検査であり本人の挙動と照らし合わせると信頼のおける数字ではない(ヒステリー要素があるかもしれない)。自覚的視力に見合う他覚的所見得られず。」と診断されていること

(六)  原告のけいれん発作については、入院中の西村病院の担当医によつて、当初から「ヒステリーのようだ」「ヒステリー性の過呼吸と思われる」との見解が述べられ、昭和五九年一一月三〇日の退院時まで続いた発作についても定型的なヒステリーであると担当医から考えられていたこと

(七)  昭和五九年九月以降は、西村病院の医師は原告に対して退院するように勧めるようになり、原告の愁訴に対しても放置する態度に出ていること

(八)  原告は、昭和五九年一二月以降の通院時にも発作があつたことをしばしば訴え、右通院時以降西村病院では主として原告の発作に対する処置を行つていること

(九)  原告は本件事故以前には事故後現われたようなけいれん発作を起こしたことはなかつたこと、原告のけいれん発作の原因について、西村医師は、外傷性てんかんである確率は少なく本件事故により原告が頭を打つたことによる不安感が原因となつた神経症的な発作及び原因が不明な不安感(ヒステリー症候群)が原因となつた神経症的な発作を併せて考えなければならないとの見解であること、原告の診療録等を検討した丹羽医師は外傷性てんかんとは考え難くヒステリー傾向の疑いが考えられるとの見解であること。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  右の各事実及び前記認定の本件事故が軽度の衝突であつた事実を総合すると、原告は本件事故により頭部外傷、頸椎捻挫、腰部外傷等の傷害を負つたものであるがその傷害の程度はいずれも軽く通常であれば一月程度の入院で治癒するものであつたこと、原告の入通院治療が長期間に及んだのは原告のけいれん発作及びこれに伴う多分に心因性の不定愁訴が原因であること、右けいれん発作は主として原告のヒステリー要素に起因するものであり、これに本件事故による不安感が重なつたために起きたものであること(本件事故による外傷が原因であることを認めるに足りる証拠はない。)が認められ、右認定を覆するに足りる証拠はない。

そうすると、けいれん発作及びこれに伴う愁訴は心因性のものが原因であるとはいえ、本件事故と原告の受傷、治療との間には相当因果関係があるというべきである。

四  損害(請求原因4)

1  治療費 二〇四万六一四九円

成立に争いのない乙第一一号証の九ないし一一及び原本の存在と成立に争いのない乙第一三号証の一、二によれば、原告は西村病院における治療費(昭和五九年七月三〇日から同年一〇月五日までの分。労災保険給付分を除くもの)として本訴において主張されている金額(二〇四万六一四九円)を下回らない費用を要したことが認められ、右認定に反する証拠はないので、原告は右金額の損害を被つたものというべきである。

2  入院中の付添費 一〇八万五一六二円

成立に争いのない乙第二号証、弁論の全趣旨により成立の認められる乙第七号証及び証人西村紘輔の証言によれば、原告は入院中付添看護を必要とし、その費用として一〇八万五一六二円を要したことが認められ、右認定に反する証拠はないので、原告は右金額の損害を被つたものというべきである。

3  入院雑費 一万四〇〇〇円

前記認定事実によれば、原告が前示の入院期間(合計一六三日)中、一日あたり一〇〇〇円を下らない雑費を要したと推認することができ、右推認を覆すに足りる証拠はないから、原告は入院雑費としてその請求額(一万四〇〇〇円)を下らない損害を被つたというべきである。

4  通院交通費 八四九〇円

前記認定事実に、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第五号証、成立に争いのない乙第一一号証の一、二を総合すると、原告は昭和五九年一〇月三一日の東大病院での診察及び同年一二月八日、一一日、一七日、二七日の西村病院への通院のためタクシーを使い八四九〇円を要したことが認められ、右認定に反する証拠はないので、原告は右金額の損害を被つたものというべきである。原告のその余の通院の交通費については証拠がない。

5  休業損害 六〇万三一〇〇円

前記認定事実及び弁論の全趣旨によれば、原告は少なくとも西村病院入院中は家事従事ができなくなり、家事従事者の一日の休業損害額三七〇〇円の一六三日分である六〇万三一〇〇円の損害を被つたものというべきである。なお、原告において、家事従事者の休業損害に加えて子どもの看護費を損害として賠償請求できることを認めるに足りる証拠はない。

6  慰藉料 一六〇万〇〇〇〇円

前示の原告の傷害の内容、程度、入通院期間等の諸事情に照らし、原告が本件事故によつて被つた傷害に対する慰藉料は一六〇万円をもつて相当と認める。

7  以上認定の原告の損害の合計額は五三五万六九〇一円となる。

五  過失相殺等

1  前記認定のとおり、原告は左折中の被告車に後方から接近したところ被告車の内輪差によつて衝突したものである。原告としては、被告車が左折中であり被告車の左側に近づくと接触するおそれがあることは認識できたはずであるから、被告車の動静を注意したうえ危険のない地点で停止して被告車との間隔を保つべき義務があつたというべきである。原告は右義務を怠つたものであるから本件事故発生について過失があるというべきである。

原告の右過失は三〇パーセントと認めるのが相当である。

2  前記認定のとおり、原告の症状の相当部分(けいれん発作及びこれに伴う不定愁訴)は主として原告のヒステリー要素に起因するのであり、本件事故と無関係な事情によるものというべきである。そして本件事故と原告のけいれん発作との因果関係も心因性のものにとどまること前記認定のとおりである。したがつてこれらの事情を斟酌して加害者の賠償すべき金額を減額するのが相当である。

前記認定の諸事情を勘案すれば原告の被つた損害の五〇パーセントを減額するのが相当である。

3  右1及び2による減額後(合わせて六五パーセントの減額)の原告の損害は一八七万四九一五円になる。

六  損害の填補

前掲乙第七号証によれば、本件事故の損害金として抗弁2において主張されている金額(二二九万九五六七円)を下らない金額が支払われていることが認められ、右認定に反する証拠はない。

そうすると、原告の損害はすべて填補されているのであつて、さらに原告が被告らに対し本件事故による損害金を求めることはできないといわなければならない。

したがつて、原告は被告らに対し本訴訟の弁護士費用を損害として賠償請求することもまたできないといわなければならない。

七  結論

以上の次第で、本訴請求は理由がないので棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中西茂)

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